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イラン”思いでのトルコ石ティアラ”

こちらは、若き日のファラフ皇后(イラン王室最後の皇后)のお写真です。

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こちらも先の記事で紹介したのと同じようなトルコ石のティアラです。
アラブらしいファラフ皇后によく似合うティアラでした。


1979年イラン革命。

イラン皇帝シャー一家は国外での静養という名目で自国のイランを脱出し、亡命します。
しかし、政治的問題から西洋諸国からは亡命の受け入れを断られ、
皇帝シャー一家はアラブ諸国を転々とし、
翌年皇帝シャーが亡命先のエジプトで亡くなります。

皇帝シャーとファラフ皇后は二男二女の子供に恵まれましたが、
2001 年末娘のレイラが毒服自殺し、
2011年次男のアリレザ氏も拳銃で自害します。

国外へ持ち出していた資産で、
現在、ファラフ皇后と長男フロシュと長女は
アメリカで不自由のない生活を送っています。

長男フロシュはテレビのコメンテーターを勤め、
イランの現政権の打倒のための活動をしていますが、
イラン国民はかつての王政時代を望んでおらず、
長男フロシュの活動を無視しています。

イランの国民が、国民を顧みないイラン王室贅沢な生活、
そして秘密警察の暗躍する昔の生活を拒否しているからです。

”思いでのトルコ石ティアラ”は、永遠に思いでのまま。
行方は分かりませんが、
まだファラフ皇后のお手の中に在るのかもしれません。
なぜかそんな気がします。

イラン”ダイヤのティアラ”

年代は分かりませんが、こちらの写真はイラン最後の皇帝シャーと皇后ファラフ妃のお写真です。

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オペラ会場の前でのお写真です。
ファラフ皇后がお召しになっているのが、
イランの”ダイヤのティアラ”で、
今まで紹介してきたイラン王室のティアラヤと少し趣がことなり、
沢山のダイヤモンドりばめた繊細なデザインのティアラです。


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イラン”ダイヤのティアラ”
豪華な作りです。

石油産油国の王室として、その利権から、
イランの王室は大変なお金持ちで、贅を尽くした生活をしていました。

やがて、その贅を尽くした生活は国民の目から冷ややかに見られるようになります。
「イラン国内のあらゆる問題はイラン王室が原因」
といういイラン国民の王室に対する敵意は日々深まり、
やがてイラン革命が勃発します。

イラン”トルコ石のパリュール”

イラン最後の皇帝シャーと皇后ファラフの素敵なお写真です。

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ファラフ皇后さまがお召しになっているトルコ石のティアラもイランらしくて素敵です。


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ファラフ皇后さま

こちらも、トルコ石のネックレスといイリング一式のパリュールです。


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ファラフ皇后さま

離宮でくつろいでいるお写真でしょうか?
イラン王室は1979年のイラン革命で無くなり、
この”トルコ石のパリュール”の行方はもう分かりません。
残念なことです。

イラン”ファラフの愛したエメラルド”

こちらの大粒のエメラルドを惜しみ無く使ったティアラは、
イラン最後の皇后”ファラフの愛したエメラルド”です。

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先の記事で紹介した”光の海”と同じく、
1958年、ニューヨークの宝石商Harry Winsonの作品です。

1959年、イラン最後の皇帝シャーとファラフ皇后の結婚式のために作成されましたが、
こちらはウェディングティアラではありません。
しかし、皇后ファラフはこのティアラを愛し、
公の場でよくお召しになっているお写真が残っています。


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ファラフ皇后(ご結婚当時)

お若くて、かわいいですね。
この頃はまだ”王妃”の称号です。
ファラフ妃が”皇后”をとなるのは1969年のことです。

ファラフ王妃さま(アメリカ訪問時1965年)
まだ”王妃さま”です。やっぱりかわいいです。



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シャー皇帝とファラフ王妃

オペラ会場でしょうか?
ファラフ王妃の笑顔が素敵です。
きっとシャー皇帝に大切にされていたのだと思います。


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シャー皇帝とファラフ王妃さま(アメリカ訪問時1965)

まだ”王妃さま”です。やっぱりかわいいです。
”ファラフの愛したエメラルド”とそれに伴う宝石類パリュール一式の存在感が、
お若いファラフ王妃さまを主役にしています。



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ファラフ皇后(タイ王国への公式訪問時)

”王妃”から”皇后”となったファラフ妃。
カーテシーを受けているファラフ妃は”皇后”のお姿です。

"ファラフの愛したエメラルド"も、現在はイランの美術館でその姿を見ることができます。

イラン”光の海”

こちらのティアラはイランの”光の海”です。

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1958年、ニューヨークの宝石商Harry Winston Incの作品です。
イラン最後の皇帝シャーと3番目の妃ファラフ皇后の結婚式(1959)のために作成されました。

ファラフ皇后のウェディングティアラです。

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シャー皇帝とファラフ皇后(ウェディングパレード)

ダイヤモンド、ピンクタイヤモンド、イエローダイヤモンドを
ふんだんに使用していることは言う間でもありませんが、
世界第二位の大きさを誇る中央のピンクダイヤモンドが
当時のイラン王室の富を象徴しています。


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”光の海”を召されたファラフ皇后(1)


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ファラフ皇后(2)横から

イラン最後の皇帝シャーは、子供が出来ないことを理由に
2番目の妃ソラヤ王妃と辛い別れを選択せざるを得ませんでした。
その後、イラン最後の皇后となるファラフ妃と結婚します。

シャー皇帝とファラフ妃は、2男2女に恵まれます。
また、シャー皇帝はファラフ妃のみに”皇后”という称号を与えます。
石油産出国としてふんだんな富を有し、
また待望の男子にも恵まれたイラン王室でした。
全てが順調に進んでいるようでした。

しかし、1979年イラン革命が起こります。

皇帝シャー一族はイランを脱出、亡命します。
亡命の翌年、皇帝シャーは亡命先のエジプトでなくなり、
イランの王室の歴史は幕を閉じます。

今では、この”光の海”がイランの美術館で当時のイラン王室の豪華さを偲ばせてくれます。
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